オーストラリア 日本語教師

自分が日本語教師になった理由と困難

こんにちは。 オーストラリアで日本語教師を始めてもうすぐ半年になります。 日本語教師は「母国語を教えるだけの簡単な仕事」という印象を持たれていますが、難しく壁にぶつかってもうやめたいと思ったり、名前以上に大変だったりすることも多いです。 それでも私が日本語教師という仕事を続けているのには理由があります。 まず、日本語を生徒に教えるというのは、「自分が日本語を学ぶ」ということでもあるのです。 例えば「歩く」から「歩きます」という敬語にする場合、皆さんはどのように変換するか知っていますか? 母国語なのにちゃんとした文法を知らなかったり、不適当な日本語を使っている日本人は中高生だけではなく、いい年齢の大人も少なくありません。 日本語教師というお仕事は、そういう点で「日本の伝統を次世代に伝えていく大切な役割」を持っていると思います。 生徒さんの疑問はシンプルなのにとても難しいです。 「なので」と「だから」は何が違うの?と言われた時は私はうまく説明できませんでした。 日本語はちゃんとした文法的なルールはありますが、ニュアンスで作られている部分がとても多い言語なのです。 ですが、良い点もあります。 例えば雨の表現 擬音を使うとしても雨が「ザーザー」「パラパラ」「しとしと」「ビュービュー」「ぽつぽつ」など…違う音を使い同じ雨でも随分と印象が違いますよね? 日本人は昔から情緒を深く汲み取り、個性豊かに表現することに長けています。 だからこそ美しい日本語が生まれる訳なのですが、外人の日本語を学ぶ人から見ると、疑問だらけです。 一つ一つ説明していても、擬音や造語は無限にあるので、生徒さんにはまず「日本人のニュアンス」というものを理解してもらう必要があります。 これがすごく難しい。 便利な時代なのでネットで調べれば何百、何千という説明文が出てきますが、それも全て違う説明の仕方で書かれているので余計生徒さんを困らせてしまうのです。 そこで役立つのが日本の漫画やドラマ。 言葉で説明しているだけではイメージに欠けることがありますが、イラストやドラマ場面を見せてあげることによってイメージが湧き、日本語の複雑な部分を汲み取ってくれる一つの有力な手助けになるのです。 今教えている14歳の中学生の女の子。 半年前には全くの初心者で「あいうえお」を書いたり読んだりするところから始まりましたが、今ではすっかり漢字を使って長文を書くことができるようになりました! その分、聞いてくれる質問もレベルが高くなってくるのですが、私にとっては嬉しい悲鳴です。 オーストラリアで日本語教師をしていて驚いたのは、学生ぐらいの年齢の人よりも、サラリーマンや中年の人が「日本語を学びたい」と言って勉強し始める人が多いことです。 私が教えてきた中で一番若い子は13歳の女子中学生、そして一番上は57歳で郵便局勤務のサラリーマンでした。 気になった私は生徒さんみんなに「なぜ日本語を勉強したいと思ったの?」と聞きました。 すると、返ってくる答えは十人十色! ある生徒さんは昔から日本のアニメが好きで、それこそドラゴンボール・ナルト・ワンピースなどの日本でも大人気ですごく有名な少年系アニメのヒーローになるのが幼少期の夢だったのだとか。 今ではサラリーマンをしている彼ですが、今だに日本のアニメやドラマを見続けていて、いつか日本で仕事をして日本に永住することが夢なのだそう。 そしてある生徒さんは昔日本人の友人にとても優しくしてもらったり、困った時に助けてもらったことがあるため、それから日本のことが大好きになり、日本をもっと知りたい!と勉強することを始めたそうです。 オーストラリアは親日の人が多いらしく、第二言語を選択する時に日本語かフランス語かスペイン語をとるのですが、日本語の授業はとても人気があるため争奪戦になることもあるのだとか…。 みんな授業をする時には真面目に取り組み、みっちりと濃い時間を過ごすことが出来るので、先生である私も教えがいがあります。 私が日本語教師になった理由はある大学生の時の思い出がきっかけです。 もともと洋楽や洋画が好きだった私はどんどんと英語の世界へ飲み込まれていって、高校や大学も英語を専門とした学科へ入学しました。 そこで出会ったのが交換留学の制度で私の大学へ来てくれたアメリカ人の同じ年齢の子達。 彼らは大学で日本語を第二言語として学んでいたため多少は話せるといった感じでした。 中でも私ととても仲良くなった一人の女の子。 アジア系で見た目は日本人に見えても生まれも育ちもアメリカ。 日本にいても日本語で話しかけられることが多いそうです。 彼女はセーラームーンが好きで日本語を学び始めたらしく、話している時に会話に時々出てくる「おしおきよっ!」などのセリフがとても面白かったのを覚えています。 私はその子が交換留学制度で日本にいる約半年間、ずっと一緒にいました。 なので自然と私が彼女の日本語教師になったのです。 登下校の時に何かを見つければ「あれは何?」「これはどういう意味?」と聞いてきてくれる彼女に私は丁寧に教えていきました。 そんな日々が続き、彼女がアメリカへ帰る数日前、「話したいことがあるの!」というのでいつも待ち合わせをしている大学内の時計台の下で待っていると彼女が走ってきて、ある紙を見せてくれたのです。 そこには「期末テスト 日本語 学年1位」の文字が! 50人以上いる交換留学生の中で行った日本語の期末テストで彼女がトップの成績をとったのです! これには私もびっくり! しかも、前回は中の下の成績だったというのだから驚き。 二人でハグをしながらジャンプして嬉しがったのは今でもいい思い出です。 この時私の心に芽生えたのは自分が教えたことによって、目に見える成果が出る。 それを心の底から喜んでくれる人がいる、そして、その人を笑顔にできる仕事。 そんな仕事を将来やりたい!!! と思ったのが日本語教師になることを決意した理由です。 私は経験だけは少しはあるつもりでいましたが、日本語教師としての知識は足りていないことを自覚していました。 そのため、まずは日本語教育能力検定試験の合格を目指し、勉強していきました。 試験は年に1回しかありません。 絶対に合格したかったので独学ではなく、通信講座に申し込みました。 ヒューマンアカデミーの日本語教育能力検定試験完全合格講座です。 かなりわかりやすい教材で、思った以上にスムーズに合格できましたよ。 ただ、働き始めてみるとなかなか難しいものです。 日本語を英語で説明するのはもちろん難しいのですが、その上日本人の私でさえも分からないことがたくさん出てくるのです。 これは英語圏の人に私たちが「なぜ羊は複数いてもsheepsじゃなくて、sheepのままなの?何でSがつかないの?」と聞いているようなもので、言語には「理由はないけれどそうでなければいけない」という暗黙の了解があるのです。 その暗黙の了解をどれだけ知れるのか、どのように説明するのかが生徒が納得する大きなヒントになってきます。 実際に日本語教師を始めてもうすぐ半年経ちますが、授業をするたびに自分でも「何でこれって、こうなんだろう?」と思うことが毎日のようにあります。 そういう時は、持ち前の好奇心を使って家に帰りネットで穴が開くようにパソコンを見つめるのです。 そうすると自分の理解力が深まり、生徒に教える時にもうまく教えることができるのです。 逆に、自分が納得していないのにも関わらず、授業の時間になってしまったりして、仕方なく教えていても生徒は「むむむっ」と眉間にシワを寄せるのです。 それは納得していない、わからないの合図。 自分が知っていることは、相手にもうまく伝えられる。 うまく伝えられると、相手もすんなり理解出来るのです。 日本語教師がどういう仕事なのか、興味を持っている人はたくさんいるはずです。 私が思うに日本語教師とは「人に日本語を教える仕事」ではなく「自分が日本語を学ぶ」仕事だと思っています。 私の文章がすこしでも多くの人の役に立ってくれると嬉しいです。 最後まで読んでいただきありがとうございました。