出産後 日本語教師

やっとみつけた天職!40歳の新米日本語教師

日本語教師になるきっかけは、「妊娠」と、海外で活躍する日本語教師を紹介するTV番組でした。 海外で活躍する日本人を番組レポーターが訪れ、どうしてその国にやってきたのか、その国で何をしているのか…といった経緯いきさつを尋ねる番組。 妊娠中、たまたまその番組を観ていたのですが、インドのかなり辺鄙な町で、20代の女性が教鞭をとっている姿がありました。 その彼女の職業は、「日本語教師」。 職業名は聞いたことがありましたが、実際にどの様な感じで仕事をするのかというのを観るのは初めてでした。 出席率が悪く、インド人の生徒に手を焼いている彼女は、番組の途中で涙を流したりもしていましたが、日本語教師として色んな国々でキャリアを重ね、活躍している姿はとてもキラキラしていて、本人も辛い事があってもやりがいを感じられて楽しいと言っているのが印象的でした。 その番組を観た後、「日本語教師」という言葉がずっと頭に残りました。 妊娠中、つわりで思う様に体が動かせず、横たわったままで一日が終わってしまう事も多かったのですが、ネットで検索してみると、興味を惹かれる書籍がいくつかありましたので、まず本を取り寄せて読んでみる事にしました。 この資格をとって役に立てられるのだろうか。 子供が中学校位に入らないと、とても日本語教師の仕事は出来ないのではないだろうか。 と悩みましたが、非常勤講師という働き方もあるのだという事を知り、勉強を始めてみようと思いました。 それから、ネットで検索をしてみると、アルクなどが行っている、「日本語教師養成講座420時間」という、いわゆる「日本語教師資格」の一つであるものが出てきました。 通信講座オンリーでも受講できるものもある様でしたので、色々検索をしてみて、日本語で日本語を教える「直接法」だけでなく、現地の言葉で日本語を教える「間接法」(私のとったコースでは、英語による日本語の教授法でした)も学ぶ事のできるコースを選びました。 もともと英語は得意な方でしたので、英語で日本語を教える事自体にも興味がありましたし、実際コースを終えてみて、間接法、直接法の両方を知ることが出来て良かったと思います。 通信講座で最短6カ月と紹介されていたコースを、しっかり最短の6カ月で修了する事ができました。 毎回課題を添削して下さる講師の知識の豊富さには敬服していました。 お会いした事はありませんが、日本語教師としての憧れの方です。 生徒の疑問点に充分に答える事ができる知識の豊富さと経験の豊かさ、そして日本語教師という仕事に誇りと責任を持っている、そういった人柄の大切さを身にしみて感じさせて下さったのです。 自分が実際に教壇に立つ時には、日本語を教える、という事だけでなく、相手の国の文化や言語を尊重する事、日本語や日本文化に興味があって勉強している人であっても、だからといって自分の国より日本が優れているという態度で接してはいけない、という事をきちんと肝に銘じながら生徒と接しなければいけないと、思いました。 無事、娘を出産し、保育園に入所する事ができたので、日本語教師の仕事を検索してみました。 ネットでも求人を載せているサイトがたくさんあり、私の住んでいる町にも日本語学校がいくつかあり、非常勤講師の求人がありました。 常勤よりも非常勤の求人の方がずっと多く出ていました。 求職の際、常勤でなければ日本語教師として生活していくのはきついという事や、常勤になったとしても給与面はあまり望ましいものではないという事は現職の方々がブログなどでも書かれていたので、覚悟はしておりましたし、とりたてて高い給与でなくてはいけないという状況でもありませんでしたため、当時時給1200円でしたが特に不満も感じること無く、応募し見事合格する事ができましたので、週2回の授業から始める事になりました。 実際に仕事を始めてみると、まず1つの授業の前の準備にとても時間がかかることに気付きました。 子供がまだ小さかったので、週2の授業でいっぱいいっぱいでした。 日本語教師として始めたばかりでしたので、授業の度に1から準備をしなくてはなりません。 緊張してしまわない様、生徒に聞かれそうな質問等、前もって授業をシミュレーションしてみて、授業に臨みました。 何年もこの仕事をやっている先生達は、「そのうち、授業の準備も楽になっていくよ」と言ってくれていましたが、3年経った今、それは実感できています。 大体、何を生徒から聞かれるか、どこを生徒が理解しにくいか、ということが授業を重ねるごとに経験として覚えていけるからです。 自信がつきはじめると、授業はとても楽しいものになっていきました。 何が一番の楽しみかというと、生徒が理解できた時に、顔を輝かせて喜んでくれる事、課題として先生との交換日記をしているのですが、日記の日本語が上達してきて、日本語による表現力が増してきている事を目のあたりにする時などです。 アルバイトが見つかったといって、嬉しそうに報告してくれる生徒もいて、とても嬉しかったです。 アルバイトを通して、更に日本語に磨きがかかる事だと思います。 現在は、まだ子供が未就学の為、まだまだ先の話になるのですが、日本語教師として私の目指す夢は、「海外の日本語学校」での勤務です。 今現在、国際交流基金の「日本語パートナーズ」という東南アジア各国の日本語学校などへ数カ月、現地の日本語教師のアシスタントとして派遣されるという企画が目に入り、とても興味があり、是非行ってみたい!と思っているのですが、2020年までのこの企画には参加できそうもありません。 しかし、おそらくこういった企画がまたあるだろうと希望を抱いています。 同じく国際交流基金の、EPA日本語研修も、大変魅力的です。 先輩で実際にEPA日本語研修に参加された方の話ですが、これから日本へ看護師や介護士として派遣される人達だから、日本語を習得したいという気持ちが非常に高く、目指すレベルの高い生徒ばかりだったので、居眠りや遅刻といった事もなく、とてもやりやすかったし非常にやりがいがあったとの事でした。 きっと教えがいも有る事だと思います。 現在私の勤務している日本語学校では、居眠りや遅刻をする生徒はどのクラスにも居るのが現実です。 大多数の生徒は、やる気があり、覚えたい、学びたい、という姿勢を感じられるので、教え甲斐もとてもあるのですが、居眠りを授業中にされてしまうと、物価の高い日本での生活で、アルバイトで工面しながらここへ通う事の大変さも理解できるので、怒るという気持ちではないのですが、正直少しがっかりしてしまいます。 モチベーションも下がるというのが正直なところなのです。 ただ、国内の日本語学校の生徒、EPA日本語研修先の生徒、海外の日本語学校生徒…皆、日本語を勉強する目的や意欲の違いはあって当然だと思いますので、自分が選んでいる職場でできる最善の事をしていくのが、務めだと思っています。 その上で、ずっと国内の日本語学校で教えるのではなく、全く違った海外の日本語を教える現場で、異なる経験をしてみたいという気持ちは大きいです。 JAICAの、青年海外協力隊でも日本語教師派遣をされている様ですが、シニアの年齢でも同様の派遣があるようなので、それも視野に入れています。 こちらは青年海外協力隊よりもぐっと案件が減り、求められる経験や能力も高いものの様です。 こういった要請にも応える事ができる日本語教師になれる様、生徒と共に成長してゆきたいと思う日々です。